新緑の5月となりました。
 それぞれのご家庭で、ゴールデンウイークを楽しく過ごされたことと思います。

私も溜まりに溜まった仕事、家事を消化しながら、少しだけリフレッシュの時間を過ごすことができました。

園長の仕事は様々ありますが、その中でも一番重荷なのが、この野の花の原稿を書くことです。

 いつも頭の片隅に原稿のことを考え、ぎりぎりまで考えがまとまらず、毎回産みの苦しみを体験しています。

 締め切りになってくるとあせり、見る物、読む物にネタがないかと真剣になりますが、
 なかなか手っとりばやいネタに出会うことがありません。

 結局、子ども達の生活から、示唆を受け書き出しています。

 来月こそは余裕をもって書こうと思いながら、毎月苦しい戦いを終えると解放した気分になりますから、
 いつまでたっても悪循環をとめることができません。

 そういうわけで、ゴールデンウイークの前半は、野の花の原稿と戦っていました。



 原稿を書きながら、青々した新緑を見上げ、改めて花の命の短さと、はかなさを感じました。

 満開の桜を愛でた4月が今は遠い昔のようにさえ思われます。
 4月と言えば本当にいろいろなことが起こりました。


 季節外れの冷え込みで東京に雪が降るとは思いませんでした。

 東京の雪は41年前の『もっとも遅い雪』の記録に並ぶそうです。
 自然のきまぐれが続いて、各地の日照時間が短く、春野菜の産地を泣かせていました。

 青物の値段が跳ね上がったり、春物の洋服は売れなかったりと、くらしや経済に大きな影響を及ぼしたようです。




その上、アイルランドの火山活動がひと噴きで欧州の空を凍らせました。

 火山灰が1万メートルの上空を漂い、うかつに飛べばエンジンが止まってしまうために
 26カ国以上の空港が閉鎖され、欠航便が1万千便と聞いています。

 この欠航でどれだけの楽しみを奪い、損失を生みだしたのか想像することができません。
 その上、火山灰が長らく空にとどまると太陽光が遮られ、気温が下がるそうで不
安は募るばかりでした。

 暦を裏切る雪と季節に構わず灰が舞った4月、自然の猛威になすすべがありませんでした。




その中で唯一明るい話題となったのは、宇宙飛行士の山崎直子さんが夢をかなえ
 多くの人たちの期待に答え宇宙に飛び立ったというニュースでした。

母であり妻であり、宇宙飛行士である山崎直子さんは、仕事をやめ、家事や育児、介護までもこなされた夫に支えられ
 『男女同量』的な夫婦の実践があったから夢を叶えることができたのだと思いました。

 しかし、夫、大地さんは葛藤の中で心身の調子を崩し、直子さんも追い込まれたと
 複雑な胸の内を『新宇宙家族』と言う記事に書いておられました。

 すべて崩壊しかねない危機を直子さんは米国の神学者ニーバーの次のような一節に支えられたと書いていました。

   

『神よ 変えることのできるものについて

それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。

変えることのできないものについては、

それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ』 

(大木英夫訳)

宇宙飛行も生身の人間の営みであることを改めて感じました。

子育てを『夫婦同量』としてとらえ、子育てに父親参加が叫ばれるようになり、父親が育休をとって子育てをする姿も
 ちらほら見えてきた矢先、この不況ですから後退するのは必死のように感じます。

 夫婦が子育てを喜びながらできる社会を創るために、今、何をなすべきかと考えさせられます。


 悶々としながら新聞を読んでいたらこんな投稿をみつけました。


 
 2児の父です。この4月に長男が通う幼稚園の入園式がありました。

 彼が初めて体験する共同生活で失敗しないよう食事やトイレの仕方で注意することが多くなりました。

 優しく言い聞かせても従ってくれず、つい厳しく叱ると、泣き出しそうになります。

 その顔を見ているといとおしさがこみ上げ、抱きしめたい思いにかられます。

 『叱らなければ』と『いとおしい』との間の葛藤に苦しみ、叱ることの難しさに直面しています。

 思い出すのは、私の両親です。

 品行方正でない幼い私を叱る時、私の両親もこんな苦しい気持ちだったのかと気づき、自分の子どもに教えられたのです



この記事を読みながら最近はこのように苦しみながら叱る親が少なくなったのではないかと思いました。

先日、行った家庭訪問の報告の中に、子ども達が喜んで迎えてくれたのですが、
お母さんとお話をしようと思っても会話を横取りしてしまい、お母さんの注意を聞かない子どもと
言いなりになって子どもを我慢させることが出来ない大人の姿が気になったということがありました。


感情的に叱るだけではなく、いとおしむだけでもなく、その時々に親として伝えるべきことに知恵を使い
勇気を持って伝えてほしいと思います。

     前のお話と反するように聞こえるかもしれませんが、
私は小さな子どもたちの教育の中で大事にしていることは
『子どもたちがいつのまにか育つ』と言うことです。

  「楽しく遊んでいるうちにいつのまにか力がつく」
  「夢中になって遊んでいるうちにいつのまにか力が
引き出される」

 幼稚園がそういう場所であってほしいと願っています。


語彙数が増えいつのまにかお話し上手になっているたんぽぽ組さん、
所持
品を散乱させて遊んでいたばら組さんがいつのまにかロッカーに片付けをしているなど
幼稚園の中で『いつのまにか』を実感させられることが多くあります。


しかし、『いつのまにか』のために大切なことは、人の育ちに必要な基本的なこと、環境と眼差しだと思います。
子どもの感性を刺激して、興味を引き出す環境、子どもの働きかけに対してさまざまな形で応えてくれる環境が必要です。

眼差しは何よりもまず、子どものあるがままを受け入れる温かさ、そして、課題を見据えつつもこだわりすぎず
『いつのまにか』の変化に気付く感受性が子育てをするものに求められる眼差しだと思います。



    配慮された環境と眼差しの中で、子供達はひたすら遊び、育っていくでしょう。
もちろん、遊んでいる中で、悲しい思いや悔しい思い、悩みや葛藤もあると思います。
そんな時、仲間の存在や大人の眼差しが前向きな気持ちになれるように、
そっと背中を押して
くれると思います。

子どもたちと過ごす生活の中には、キラキラと輝く宝物がたくさん散りばめられています。
その宝物を見落とさず、しっかり受け止めることができる大人でありたいと思います。


保護者の皆様と共に、子どもの育ちの場を作って行きたいと願っています。

近藤瑠美子(2010年5月10日)





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