お子さまのご入園、ご進級おめでとうございます。

例年なら子ども達が登園するころには園庭の桜が満開となっていますが、
今年は天候不順ために、今ゆっくりと開花しています。

春休みの間に園内外の修繕をし、子ども達を迎える準備をしました。
いよいよ創立101年目の歩みがスタートします。
希望に満ちた今年はどんなドラマが展開するか楽しみです。

入園当初はどの子どもも新しい環境への戸惑いを見せますが、
小さな身体の奥には、限りない可能性を秘めていることを信じ
『一人一人が違っていることを大切にし、お互いの違いを認めあうことが出来るように』
これからの園生活の中で、『その子らしさ』を大切にしながら保育をしていきたいと思います。


子どもは幼稚園では喜んで遊ぶのが『あたりまえ』と思いこんでいる人も多いと思いますが
子どもたちは自分を安定させ、のびのびと表現するためには幼稚園の環境に『楽しい』という仕掛けをして
子ども達を受けいれる必要があります。
そして、子どもたちが友達と出会い、自分に出会うときにさまざまな葛藤に出会うことがあります。
そんな時、小さな空間は限りなく安定できる場所となります。

保育の先駆者である倉橋惣三先生は『教えない教育』という論文を書かれています。

その中に
  【教育の中には教える教育、間接的に教える教育、教えない教育がある、
   その三つ目の教育とは、子どもが知らず知らずに習慣づけられる教育だ】と述べられています。

これは一般に言われる躾のことですが、幼児期には一人一人がその子らしく、生活や遊びの中で経験し学んでいきます。


現在、人を人とも思わない、命の尊さが分からない犯罪が目立ちますが
それは、感ずる心が育っていないためではないかと思います。

相手の痛みも苦しみにも何も感じないことは相手を人間としてみることが出来ないからだと思います。
感ずる心を持つことが出来ないということは感じることを拒否しているのか、考えようとしないのか
考えないのがあたりまえになっているのでしょうか?



今、よく目にするカッとなってやったと言うような、衝動的で残酷な行動は、すべてがモノ化し
自己中心的な言動で問題を解決しているように思えてなりません。
そんな、現代の若者に目をおおいたくなると同時に、そんな世代を育てた責任を問われているように感ずるのは私だけでしょうか?

『子育ては親育て』と言われていますが、親世代が子どもに求めてきたもののなにかが間違い
不足していたのかと考えさせられます。


私は、その子らしさを大切にするために次のように考えています。

○  教育とか育てるということは、私は待つことだと思うのです。
   ゆっくり待ってあげるから心配しなくっていいよ。というメッセージを
   子どもにどのように伝えてあげるかだと思います。

○  育児をする上で最も大切なことは、子どもに生きていくための自信を持たせてあげることです。
   その子にとって最大のサポーターであり、理解者が親であると言うことが子どもに通じていれば
   それでいいと思います。
   あとはイライラしたり、あせったりしないでじっくり子育てを取り組めばよいと思います。

○  子どもが失敗したときが親の出番です。
   子どもは社会のしくみが分かりませんから、失敗をしたとき受け止め
   その失敗からどう立ち直らせてあげるか親の大切な役割です。
   そのために、親が出番となるのです。

○  子どもを大切に育てるということは、大人自身が自分を大切に生きることなのです。



キリスト教保育とは キリストの御言葉を聴き、共に成長し合う保育です。

神様の愛が子ども達や保護者の皆様に豊かに注がれるように祈りながら共に歩んでいきたいと思います。

昨年度は3名の先生が退職しましたが、今年度は気谷彩子先生、中野博美先生を迎え
子どもたち一人一人を受け入れ、愛し続けるために、教職員が新たな思いをもって子どもたちの前に立ちたいと思います。



桜が神のみ業を伝えながら咲き誇っているように、私たちも神様の御用に用いられることを感謝し、この1年を歩みたいと思います。

皆様方のご理解とご協力を、心よりお願い申し上げます。

 2010年4月6日         園長  近藤瑠美子






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