暦のうえでは彼岸も過ぎ、秋をゆっくり感ずる頃なのに毎日暑いこと暑いこと。
いつまでこの暑さとの戦いが続くのかしら、そろそろ涼しくなって欲しいと思っているのは私ばかりではないと思います。

例年ならもうとっくに卯辰山に出掛けて、運動会ごっこをしていたのに、あまりの暑さで
熱中症の心配もあり園庭での運動会ごっこをしてきました。



先日、雨上がりで少しは涼しいだろうと思い、山に出掛けてみました。

久しぶりの卯辰山運動公園で唖然としたことがありました。
それはあたり一面雑草で覆われていたことでした。
雑草は乾燥してカチカチになった土でもしっかり根を生やしていました。
暑さでも負けないでしっかり根付いている雑草をみるとたくましいとさえ思いました。

先生達でどんなに頑張っても荒れた運動場を、子ども達が裸足で競技できる運動場にできないと思い、
急遽、保護者に草むしりのお手伝いを呼びかけたところ、日焼け対策をしっかりされたお母さんに混ざって
休日を返上してお父さんの参加もあり感動しました。

地面からの跳ね返りもありでサウナにはいっているようでしたから、30分もすれば全身汗びっしょりとなりました。
でも、黙々と草むしりをしてくださる保護者に「支えられている!」と感じ、
改めて「馬場幼稚園っていいなあ〜。」と嬉しくなっている園長です。



誰だって「めんどくさい!」「しんどい!」「じぶんばっかり!」と消極的な気持ちになりますが、
それでも馬場幼稚園は「子ども達のために自分が出来ることを出来る時に出来るだけ」という合言葉で
ボランティア精神を大事にしてきましたが、協力者の多さにいつも頭がさがります。
そして、代々その精神が受け継がれてきたことも、創立98年という歴史の中にきざまれているようにも思います。


私達大人の社会はついつい「早い遅い」「出来る出来ない」「良い悪い」というような価値観を当たり前と思ったり
さらに良くするためにはより早く、より便利になることを求めているように思います。
そして、気がつくと子育ても同じような価値観に流されているようにも感じます。


私も子そだて真只中では、子どもの幸せを願い良かれと思っていろいろやってきました。
たえず「これが将来この子にとって良いだろう」と見えない将来にたくさんの夢を託しての子育てでしたが、
時々疲れて「本当にこれでいいのかしら」と不安になることも多く、心が大揺れしていたことを忘れません。

たとえば自分はピアノが弾けないから弾けるほうが良いだろう。
将来は国際的になるから英語が話せるほうがよいだろう。
自分より上手に泳げるようになってほしい。
字は人を表すといわれるからきれいに書けるようになったほしい。
計算にたけていると便利だからそろばん・・・。

勿論すべで子ども達に良かれと思ってお稽古をさせましたが、成人した子ども達をみるとその成果(?)がほとんどありませんでした。
それどころか、あの時あんなにがむしゃらになっていたことのほとんどが子どもの中に残っていない現実に、
時間に追われ「早く早く」と子どもをせきたて、家族の余暇時間さえも犠牲にして頑張ったあの時間に
どんな意味があったのだろうかと考え込んでしまいます。 



先日、
「いろんなものをやっても得意さのない子は惨めである。
 最近の子どもは親の思いでいろんなものを習っているがどれ一つ得意と本人が思うものがない状況は
 何もやらない子よりみじめである」という話と聞いてなるほどと妙な共感をしてしまいました。

「習っていたのに得意でないことは習っていない子より挫折感を持つように感じます」ということは、良かれと思いながら
子どもをつまずかせるために、お金とエネルギーをかけて子育てをしていたと言われたようでした。


しかし、成人した子ども達をみていると自分に似ていると「どきっ!」とすることが多くあります。
私が本を読みたかったから毎週図書館に通い一緒に読んだから子ども達も本好きであったり、
人手が欲しくて一緒に料理をしたことが料理好きになったり、劇や演劇が好きで一緒に見に行っていたのが劇団四季ファンになっていました。
お金をかけたことより私が好きで楽しんでやっていたことが、子ども達のなかに残っていることを子どもが育った姿をみて
今頃やっと知ることが出来ます。


なぜそうなったのかと問い直してみると、子どものお稽古で私が努力したのは、送迎と子どもが上達するため評価をしただけでした。
自分が好きなことをするときには、心にゆとりもあり、子どもを受け止め一緒に工夫したり、楽しんだりしていたことが
子どもの中に楽しい経験として残っているのかもしれないと思いました。


子育てのあの頃に分かっていたらあんな無駄な苦労はしなかったのに、育ってみなければ分からないから仕方ないかと自分を慰めています。
だから、今なら親の思いでお金をかけてお稽古通いであくせくしないで
子どもの心に触れる時間を大切に子育てしたほうが絶対に良いと私は思っています。



先日読んだ日本大学教授 森先生の「子どもの脳が危ない!人間らしさを奪うゲーム脳の恐怖」という対談記事にドキッとしました。

【昔から三つ子の魂百までも」といわれます。
そこから三歳までの手作り教育が大切という「三歳児神話」も語られましたが
最近では親が手間隙かけて子育てをする手作りの教育を軽視する風潮が出てきました。

生まれてすぐの赤ちゃんに毎日テレビを5時間見せていると脳のネットワークが形成されにくいので、必ずおかしくなると思います。
脳のネットワークを健全に形成するためには語りかけが非常に大事であります。
テレビゲームをやりすぎると脳波に影響が出るということは反論の余地もないぐらい明確な証拠が出ています。
最近は食生活と脳(前頭前野)の関係も議論になっています。
栄養の偏りとか間食の増加、柔らかい食品の増加で咀嚼運動が少なくなり、セロトリンが欠乏状態になっています。
セロトリンは不安やパニック状態を引き起こしそうなとき平常心を保つ調整的な役割を果たします。
運動をすると、この、セロトリンが脳全体に出て脳の働きを調整するのです。



例えば、夜十一時過ぎにファミレスに幼稚園児や小学生が親と一緒に食事をしている。
これはやはり小さい子どもの経験としては異常です。
昔だったら、小学生のときでも「八時過ぎたら寝なさい」という親のしつけが結構あったと思うのですが、
今は親自身がゲーム時代のためが、そういうしつけがなくなってきた。

ですから、日常生活をまず正常にさせる必要があります。
簡単に言えば早寝早起の週間をつけさせるといったことです。
十分な睡眠は傷ついた細胞を寝ている間に修復し、成長ホルモンが出てきて子どもを正常に発育させのです。
ところが今の子は夜中までテレビをみたり、電気をつけっぱなしで寝る。
そうすると睡眠が浅く、うとうと状態になるでは成長ホルモンがでないのです。


子どもがすでに高校生や大学生になっている親にとっては「幼児期が大事だといわれても後の祭りで、もっと早く聞きたかった」
という声が多いが、子育てが終わったから、もう遅いとか関係ないというのではなくて、いいことは子どもから孫に伝承していくことが大切です。


いつも若い人たちに嫌われないかと遠慮がちに昔話を繰り返している私に森先生の言葉が
「そーなんだよ!失敗を繰り返さないようにしっかり伝えるんだ!」と背中を押されたように感じました。




私の子育て時代は今のように便利なものはなく、ほとんどが手作りでした。
オムツは布でしたから子どもがオムツかぶれにならないように、こまめに取り替えたことが排泄のトレーニングとなり
離乳食作りから始まった料理も、子どもに合わせ「今日おいしかったよ!」とほめられると
「明日はなににしょうかな」と料理の本をみたり、テレビの料理番組を見ながら少しずつレパートリーを増やしたように思います。
長いお弁当作りも子どもの成長と共に量や品数が増えていき、いろいろなお弁当箱がふえていったことを懐かしく思い出します。
今、あの時代を振り返ってみると、あれほど不得意なことに向き合い、頑張ったことはないなぁと思います。



子どもは起床をともにするいちばん信頼できる大人に甘え、依存し、やがて反抗期を通して自立していきます。
親に甘え、依存し、反抗することは子どもの成長に必要不可欠なプロセスだと思います。
「しっかり抱いて、下に降ろして、歩かせろ」と日本人が語り継いできた子育ての知恵は、
子どもの発達段階に応じた親の関わり方を言った言葉ですが、「しっかり抱いて」子どもを受け入れることにより
子どもの心が安定し、「下に降ろして」も自分で子どもが歩き出すのを見守ることが出来ると思います。

今まで子育て支援といいながら子どものための支援ではなく、親の就労支援に重点が置かれ保育施設の増加等により、
子育ての外注化がますます進んで家族と親子の絆というもっとも大切な核が崩壊の危機にさらされているように感じます。


そんな中で、60年ぶりの教育改革で幼稚園が学校教育として大きく位置付けられ、家庭教育の大切さが明確化されました。

親として子どもを愛し、みんな良い親になりたいと願い、そして子どもの健康と幸せを願っています。
しかし、親はどのようにすればよいのかを最初から知っている人はいないのですから、迷ったり落ち込んだりしますが
自分のよいところに気付き、又、今何が足りないかを知ることから始めることが大切だと思います。


親はお金をかけないでも日常生活に具体的に役立つ知恵や方法があることを身につけ
親が満たされることは、ひいては子どもが満たされることにつながることを信じ子どもの心に触れるために
手間隙かけることに喜びと自信をもって子育てに当たりたいと思います。    

                             
                                                                  近藤瑠美子

                           

      

       
     

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