水害、地震、冷夏と日本列島に大きな被害をもたらした夏休みが終わり、いよいよ二学期が始まりました。

長いお休みの間に、子どもたちは背丈も伸び、体もひと回り大きく逞しくなったように感じられました。
始園前に夏季保育が始まったことで、お休みの間に乱れた生活リズムが少しずつ元に戻ったように感じます。


秋には運動会、創立100周年記念式典等、大きなイベントが計画されていますが、子どもたちにとって実りの多い時となるように願っています。



先生たちの夏は、研修と100周年の準備に追われましたが、その中で少しだけリフレッシュの時間をすごすことが出来ました。
私の夏休みは大いにリフレッシュしようと思い、『旅に出て、美味しいもの食べて、ゆったりした時間に本を読んで・・・・』と
いろいろ計画をしていましたが、残念なことに、目新しい出会いも、感動の時間を過ごすことができませんでした。


その理由は100周年を目前にして、心のゆとりがもてなかったことが最大の理由かもしれません。
もう一つは教員免許が今まで永久免許でしたが、法令が変わり10年ごとに更新するようになりました。
私立幼稚園でも文部科学省の委託を受け、免許更新講座を開講することになりました。
私は石川県幼稚園協会の研修委員長という立場上、講座を企画し、受講生の対応に追われました。
この講座は35歳、45歳、55歳が対象となっており、30時間受講したあと試験で合格しないと
免許更新がされないため、受講生は皆一様に緊張気味でした。


試験の立ち合いをしましたが、会場内に「コツコツ」と鉛筆の音しかしない試験会場は
緊張そのもので、学生時代に フラッシュバックしたような気分でした。

それにしても年をとると、記憶力、集中力が低下してきますから、試験を受けるのは相当のプレッシャーがあるように思いました。
幸いのことに園長はこの制度の該当者とならないのです。
それでも、自分に甘くてはいけないと思い、立会人をしながら私も試験問題に挑戦していましたが、
短時間で自分の考えをまとめることの大変さを実感しました。






大変といえば、事件が起こりました。この夏、なんと『子猫の育児戦争』に遭遇したのでした。

私が猫というと「また〜!」という声が聞こえてきそうですが、夏休みを語るにははずすことができない体験でした。
私は本来、大の犬好きで幼いころよりずっと犬を飼っていました。
しかし、十年前に老犬と別れて以来、もうペットは飼わないつもりでいたのに、ひょんなことから二年前に黒猫『バシュー』を飼うことになりました。


久しぶりに体験するペットとの生活、ましてや猫との生活は分からないことだらけで落ち着くまでに、相当なエネルギーを必要としました。
犬の従順な愛らしさしか知らなかった私は、こびないバシューのそっけなさに驚き、「可愛げのない子だなぁ〜」と思っていました。


しかし、バシューと同居を始めると、猫が媚びないのは自立しているからかもしれないと
思えるようになり、距離をおいて生活するのはなかなかいいものだと思えるようになりました。


ひとりぼっちで留守番していることが多いバシューのためにも
兄弟がいたほうが良いという家族の薦めで、この春から『子猫探し』を始めました。


娘がネットを利用して募集をかけると、いろいろな子猫が紹介されました。

その中でひとめぼれした子猫が2匹いました。
『美ニャン』の2匹は性格も違い、甲乙つけがたいほどの可愛さ
があり
どちらかを選ぶということもできず、娘と1匹ずつを飼うことになりました。
2匹とも男の子で、生まれた環境は違いますが、
出会ったのが赤ちゃんの時だったので、2匹はすぐに双子の兄弟のようになりました。


おとなしくて賢いお兄ちゃんタイプの子猫は『ケットシー』 
遊びの天才でやんちゃな弟タイプの子猫は「ジョナス」と、それぞれ名づけられました。



いろんな人に出会うこと、いろんな環境で生活することは子猫の社会勉強になるらしく
夏休み子猫2匹を預かることになりました。
バシューと合わせると「猫の3兄弟」となりました。


子猫たちは仲良く遊び、喧嘩をしていました。
バシューといえは、高台に乗って2匹の動きを見つめていました。
子猫たちは家中を走り回り、喧嘩が起こり、時間が来るとお腹がすいた、
ウンチが出たと大騒ぎをし、片付けても片付けても散らかし、
1日中彼らに振り回され、ストレス全開でクタクタに疲れてしまいました。

でも、寝ている3ニャンの顔を見ると『かわいい!』とデレデレしてしまいます。
こんな気持ちって、我がこの子の子育て真っ只中に感じたような感情だと気付きました。





降って湧いたような猫3匹との共同生活により、私の生活リズムは完全崩壊となり、「ストレス」で血圧が急上昇していきました。



子猫2匹を見ながら『親はなくとも子は育つ』という言葉を思い出しますが、2匹はそれぞれ生まれながらの個性があり
よく食べ、よく遊び、よく寝、自分の生活を自らエンジョイしている姿に、改めて人間と比べると逞しく
『生きる力』を持って生まれてくるものだと思いました。




スイスのポルトマンという人の
 『人間はどこまで動物か』という本の『動物の中で人間というのは、未熟出産型なのだ。
  この生命あるものを本当に育てる人、神のみ旨のよって生まれいずる子どもを本当に育てる人がいなければ育って生きません』

 と言う言葉を思い出しました。
人間は一人前になるために20年は要します。
そして、人間の幼児期が6年もあります。猫たちを見ながら人間というものの神秘さを再発見しました。





お兄ちゃんタイプの『ケットシー』とやんちゃな弟タイプの『ジョナス』は仲良く喧嘩しながら手加減を学んでいる様に
幼稚園で子どもたちが人間関係でいきづまり、葛藤しながら友達とのかかわり方を学んでいる姿と重なるものを感じました。
どちらも体験しながら学んでいく過程が大切であることを改めて教えられます。


我が家のバシューはメス猫ですから、当然、子猫の面倒を見ると思いましたが
対面当日は、子猫を寄せ付けず『高みの見物』のように高いところから子猫の様子を見ていました。
子猫が近づこうものなら、パンチで攻撃をしていました。


しばらくすれば、バシューが子猫を受けるだろうと様子を見ていましたが、元気に遊びまわる子猫とは反対に、
バシューははじめ食事をしなくなり、だんだん痩せてきました。
元気すぎる「ジョナス」を娘に返し、バシューとケットシーの様子を見ることにしました。


今は、バシューのパンチがなくなり、子猫と距離が近くなりましたが、面倒を見ることがありません。
保育の専門家としては、猫であろうとも思いやる心を持たせたいと真剣に悩んでいます。




人間の場合、子どもたちに思いやりが育つためには、大人は子どもたちが小さいころから、
子どもの気持ちを優しく理解してあげるようにしなければならないと言われています。
そうすることによって、子どもは情緒が安定し、ほかの人のことを考える習慣が次第に身についてゆくのです。
たとえ、子どもに優しさや思いやりが欠けるように見えるときがあっても、子どもが生まれながら持っている
『友達と共感することのできる力』を呼び覚ましてあげることが大切であると思います。
しかし、相手は猫ですから新米の飼い主は生態が分からないため、なすべき術もなく、
今も続く2匹の緊張状態をハラハラしながら見守っています。


と言うわけで、この夏は3匹の猫の「子育て戦争」に付き合い、いつの間にか相当の『猫ばか』になっているように感じました。
冷夏で太陽が照りつけるような暑さはありませんでしたが、猫たちのおかげで『燃える夏』をすごすことが出来ました。


さあ 2学期!
夏休みが終わって園の生活に戻った子ども達と、秋を満喫したいと思います。              近藤瑠美子(2009年9月8日)


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