子どもは今を生きている




 

   先日、郵便配達の人が「先生これまたお願いします。」と持ってこられたのが年賀状の申込書でした。「まだまだそんな先のことに、手が廻りませんよ〜。」と答えていましたが、十月も後半、もうすぐ11月です。半月前まで日中汗ばむ陽気でしたから、11月がピンときませんでした。しかし、雨が降り出し、急に気温が下がり、木々の色づきが急ピッチとなってきました。体調をくずしやすい季節となりましたが、みなさまは大丈夫でしょうか?子どもたちにもお休みが目立って来ました。先生たちも珍しく次々と声変りをしていましたが、早期治療が肝心と自己管理しましたから、今はみんな元気になりました。

先週、孫が通っている保育園の運動会がありました。他園の行事出掛けたことがありませんでしたが、少しだけ時間があったので、孫の様子を見に出かけました。

保育園の運動会も馬場幼稚園と同じように、前日からどしゃぶりの雨が降っていましたので、早い時間に近くの中学校の体育館で行うことが決まっていました。当日、体育館の中で準備する先生たちの忙しそうに働く姿を見ていると、室内ってやっぱり大変だなぁと改めて思いました。

 プログラム最初のオープニングはやはりオリンピックでした。五輪が描かれた横断幕をくぐって子どもたちが入場し、アップテンポのリズムに合わせて、子どもも先生も一緒に踊っていました。ところがよく見ると、輪の中央に置かれた巧技台に手枕で寝っ転がっている孫の姿が目に入りました。百人位の子どもたちの真ん中で、「なんで!」と一瞬自分の目を疑いましたが、確かにグリーンのシャツを着た孫でした。途中で台を下りるか? せめて寝っ転がるのをやめるか?と人の影からみていましたが、最後までその格好を変えることがありませんでした。そして、友だちが退場するときには、何事もなかったかのように,巧技台から下りて、みんなと一緒に走って園児席に戻っていきました。「えっ!これって!」と衝撃的な孫の姿にびっくりしてしまいました。なんという怠惰な姿に、「どうしてみんなと同じようにしないの? やらなくてもいいから、せめて台から下りてくれればいいのに・・・・。」と心がザワザワしてしまいました。

 でも一方で、保育者の私がその場にいたら、どのように対応するかしらと考えました。プロなら「子どもが何を見ているのかな?」と子どもの「体の声」に耳をすまして、子どもの体が語っている「心の声」を受け止めているように思います。しかしながら、孫の姿を見ていたのは、専門家でも園長でもなく「なぜ、みんなと一緒に踊らないの?」ということばかりに気がとられている、ばあちゃんでした。保育では一人ひとりの子どもに表現があり、その自発的な「今」の表現に価値があると思っているのに、その場では全くプロ意識が欠如していたのです。

 子どもの将来を心配するあまりに、その時の子どもが理解できないことまで「・・・してはダメ」「・・しなさい。」と押し付けると、将来のために今を我慢できる「いい子」になるかもしれませんが、それは自分のためではなく、お母さんやお父さんを喜ばせたい一心なのかもしれないということを思いながら、子どもが「今」を楽しむことを受け止める大人にならなければと思わされました。子どもの心と体は密接につながっているといわれます。特に幼児期は嬉しい気持、悲しい気持がストレートに体に表れます。「楽しい!」気持を表しているときもあれば、「いやだなあ」という気持ちを表しているときもあります。トラブルのあとの話し合いで、言葉では「わかった。」といったものの表情が冴えないままでいる子は、どこかに納得できない気持を残していることがあります。

 好ましい性格を身に着けるためには「家庭でしかできないこと」「家庭ではできないこと」があります。昔から「子どもは親の鏡」と言われるように、私たちは子どもの姿に「親子そっくり」と思うことがあります。外見もさることながら、言動や性格が似ていると思うことに出会うのです。そして、「子どもは育てたとおりに大きくなる。」「子どもは親がいうとおりにしないで、親がしたとおりにする。」だから、子どもの言動を注意するときには、親自身が日ごろの行いや、発言内容を反省することから始めるべきかもしれないと思います。「どうせカエルの子はカエルだから」と、安易に決めつけたり、諦めることではないと思います。カエルはほっておいても時期がたてば親と同じ形になります。人間の子どもは「教育」をしないと大人の人間になれません。そのうえカエルは何世代もカエルのままです。人間は親を乗り越えて成長していく存在です。

「家庭でできないことをするのが、幼稚園であり、学校です。」幼稚園では家庭ではできない役割をもっているのです。その子の長所や良いところを発見し、ゆっくり丁寧に見守りながら。育てていくところだと思います。親はわが子のことを一番わかっているように思いますが、子どもにも親にも見えていない一面、あるいは子どもが親にはみせない一面があるからです。子どもは10回友だちと遊んで、10回とも思いどおりになることは普通ありません。必ず嫌なことや辛いことが起きます。その嫌なことや辛いことが起きると、家に帰って「○○ちゃんが遊んでくれない。」「○○がいじめた。」「○○が押した。」と被害届を出します。親の仕事は子どもの気持ちを聞いてあげることです。思い込みかもしれない。勘違いかもしれない。ウソかもしれない。本当かもしれないけど子どもの心の中に起きている感情を言葉で表すことを大切にしてあげ、それをどうやって乗り越えたらいいか、相談に乗ってあげることが大切です。解決のためには見本を見せたり、提案したり、そして、次から自分で解決できるような子どもたちを育てていきたいと思っています。                               
                              
2016・10・21    近藤瑠美子





・ バックナンバー1
・ バックナンバー2
・ バックナンバー3
・ バックナンバー4
・ バックナンバー5
・ バックナンバー6
・ バックナンバー7
・ バックナンバー8
・ バックナンバー9
・ バックナンバー10
・ バックナンバー11
・ バックナンバー12
・ バックナンバー13
・ バックナンバー14
・ バックナンバー15
・ バックナンバー16
・ バックナンバー17
・ バックナンバー18
・ バックナンバー19
・ バックナンバー20
・ バックナンバー21
・ バックナンバー22
・ バックナンバー23
・ バックナンバー24
・ バックナンバー25
・ バックナンバー26
・ バックナンバー27
・ バックナンバー28
・ バックナンバー29
・ バックナンバー30
・ バックナンバー31
・ バックナンバー32
・ バックナンバー33
・ バックナンバー34
・ バックナンバー35
・ バックナンバー36
・ バックナンバー37
・ バックナンバー38
・ バックナンバー39
・ バックナンバー40
・ バックナンバー41
・ バックナンバー42
・ バックナンバー43



TOP→ 

メール はこちらから→
園長のつぶやきブログ版 はこちらから→