子育てのコツ


 秋の幼稚園の活動は運動会、森の幼稚園、収穫感謝祭、クリスマスに向かっての準備など盛りだくさんです。一学期の間に自分の居場所を見つけた子ども達が、最も充実したときを過ごす時期でもあります。

 幼稚園では23日の幼稚園教育推進事業の研究発表に向けて、資料の整理とまとめに追われ、時間との戦いの毎日です。

 今回の研究は『馬場の慣例を見直して、一人ひとりの子どもが生きる教育課程を作りたい』というテーマで実践を報告するものです。

 以前から保護者のみなさまに、馬場幼稚園の保育が変わってきたというご指摘を受けておりましたが、この取り組みを始めていたからです。慣例というのは私が園長になって、あるいはそれ以前から馬場幼稚園に流れている文化のことですが、変えてはいけないものと時代と共に変えていかなければならないものがあります。慣例の見直しとはそれを見極める作業のことです。例年どおりの方が楽なのですが、在園する子どもが違い、求められる人間像が時代と共に変化している中で見直しは大切なことなのです。

 人間の赤ちゃんは未成熟で生まれてきます。犬猫の赤ちゃんは生まれて間もなく、親がいなくなっても本能で育ちますが、人間の子どもは育っていけません。だれか育ててくれる人がいないと自分でミルクも飲めず、自分の命を守ることもできません。どんな子育て文化やどんな生活文化を持って、大人たちに育てられたかで子どもが決まるのですから、現状に安住することなく必要な見直しをすることが必要になっています。

 しかし、私たち保育者は保育の場で「子どもをどうしたらよいか」ということばかりに目を向け、「子どもに何を伝えたいのか」ということに無頓着になることがありますが、私たちはそのことに気付いて、その都度保育の見直しています。



 数年前まで行っていた年長組のお泊まり保育もその一つです。

 年長組の夏のお泊り保育は、毎年白山少年自然の家でお泊まりし、イワナのつかみ取りを行っていました。手取川の上流で川遊びをすることが目的でしたが、水遊びをする前に子どもの足元にイワナが泳いでいるのです。もちろん私たちがお願いし、少年自然の家のスタッフの方が放流したからです。子どもたちがイワナを追いかけ、びしょぬれになってもお構いなしで、岩の間に手を入れて注意深くイワナをつかんで興奮しながらバケツに入れているのです。そのイワナを串にさし、炭火で焼き頭から丸ごと食べます。川魚が嫌いと言っていた子も食べる事ができるのです。

 それが数年前より、子どもたちは魚がさわれない、さわろうとしないのです。そのために私たちは「どうしたらイワナつかみができるか」ということばかり考えていたのです。子どもになんとしてもやらせたい思いで、バケツの中で魚をつかんだり、一人一匹必ず捕まえるために頑張らせたりするなど、どうしたらやる気になるかということばかりに気を使っていたように思います。半面この姿が子どものやる気に繋がらないというの思いもありました。

 魅力的な環境を準備すれば、子どもたちは夢中になります。私たち保育者はそんな子どもたちの感動を受けとめる存在であって、やらせるために子どもと向き合っているのではないという思いもありながら、解決策が見つからず悶々としていたのです。しかし、思い切ってお泊まり保育を森の幼稚園の延長と位置づけることで、子どもが自分らしく歩みだす姿を見つけることができたのです。



 現代の子どもたちの学力が低下していると言われていますが、OECD(経済協力開発機構)の調査では、考える力を測ると10位以下に転落し、特に読解力が落ちているのです。読解力が落ちるというのは人の話が分からないということです。字が読めても何が書いてあるか分からないし、人の話を聞いても話が見えてこないということです。

 先日、BABAファームをお借りしている谷内さんから沢山の渋柿を頂きました。みんなで皮をむいて、吊るし柿を作りました。テラスに吊るした渋い柿がどんな甘さになるか心待ちしています。皆さんは渋柿をかじったことがありますか。渋いってなんとも言えない味ですね。その渋さを知らない人も多いと思います。渋いという字が書けても渋柿をかじったことのない人はあの渋い味が分からないと思います。

 豊かな言葉は豊かな生活体験と関係していると思います。豊かな生活体験やあそびを積み重ねながら、子どもは育っていくということを実現するために、私たちは馬場幼稚園の保育を見直したり、森の幼稚園活動に取り組んだりしているのです。


 人間の能力で大切なものは『よく見る。よく聞く。よくまねる。』ことだと思います。だから、子どもたちは幼稚園の先生の話をよく聞き、よく見る、よくまねっこするのです。子どものそばにかしこい見本があれば良いということです。ということは、最初に賢くならないといけないのは親なのではないでしょうか。
昔の子どもの遊びは家の中でも外でもいっぱいあり、あやとり、折り紙、手遊びや身体を使った遊びを親と一緒にしたり、わらべうたを歌ったり、まねっこしながらいつの間にか覚えて育っていたように思います。
でも残念ながら、今は親や大人に限界があります。しかし、幼稚園にはいろいろなかしこい子どもがいるのです。鉄棒の上手な子、走るのが上手な子、折り紙の上手な子、歌が上手な子、竹馬が上手な子・・・と、いろんな子どもが混ざって生活することで上手が移っていくのです。


 今、ひとの話を聞かない、よく見ないし、まねっこしない子が増えていますが、子どもは面白いと思うものには挑戦したいと思っています。でも挑戦しても最初は失敗ばかりです。

 年長組の子どもたちが挑戦している竹馬も10回挑戦して10回失敗してひっくりかえっています。でも上手になりたいと思った子どもは、先に乗り始めた子どもを一生懸命見てまねっこしょうとします。あるいは先生に手伝ってもらったりしながら、1、2歩、歩けるようになり、それが3,4歩歩けるようになり、だんだん上手になります。10歩までの道のりは相当難しいようです。

そして、何回も10歩以上歩けるようになると、自信がついて「先生みてみて!歩けるよ。」と自慢げに竹馬に乗って見せてくれます。そのあと、あっという間に園庭を歩き回るようになります。それは身体で覚えたということだと思います。体で覚えていると小学生になっても、大人になっても(よっぽど体型に変化がなければ)乗れるはずです。


自転車も一輪車も、逆上がりも・・。子どもは身体で覚えて育っていくのです。こうやってご飯を食べること、洋服の着替え、トイレの仕方などを覚えたり、友だちと仲良く遊ぶことを覚えたり、ケンカの解決の仕方を覚えていくのです。



 子どもは階段を上るように成長するのではなく、どんどん成長して出来たかと思うとまた出来なくなったり、また頑張って出来るようになったかと思うと、また出来なくなったりして成長していきます。

それを根気よく見守ってあげる力が大人には必要だと思います。

 「何回言ったら分かるの」と叱るより、長い長い失敗の時間と付き合ってあげることが、子育てのコツのように思います。



                                                                       2015・10・20  近藤瑠美子







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