紅葉が日ごとに色鮮やかさを増し、神様の御わざを感ずるときでもあります。

 今年の運動会は秋晴れの中で、おもいっきり汗を流して楽しむことができ、子どもたちの様々な顔に出会うことができました。
スポーツの秋、食欲の秋、読書の秋、芸術の秋、物思う秋・・・。皆様はどのような秋をお過ごしでしょうか。

 幼稚園では卯辰山、夕日寺自然公園や角間の里でどんぐり拾いをしたり、谷内さんの畑で稲刈りやどろんこ遊び、やきいもなど子どもたちと
一緒に秋を満喫しています。

しかし、一方では御嶽山の噴火でたくさんの尊い命が奪われ今も不明の方がおられという悲惨な事故に心が痛む思いです。
そして、二週連続の大型台風が日本列島を縦断し、大きな被害を出しました。自然の猛威になすすべもなく、人間の無力さを感ぜずにはおられません。



 休みに本を読んでいると「昭和はすばやく正確に、創造性が求められる平成」という記事に目が留まりました。
私の育った昭和という時代は、今では古き良き時代といえるのかもしれません。日本が先進国に追いつけ、追い越せという課題で教育が組み立てられ
この時代に求められた教育課題は、与えられた課題を間違いなく、正確に、素早くこなす能力が高く評価されていました。


 しかし、平成の時代になって科学技術が格段の進歩をとげ、コンピューターを誰でも使えるようになり、携帯からスマホへと情報の収集は革新的な
進歩を遂げました。かっての正確さ、素早さを求める職種の多くはコンピューターが行うようになりました。
人がする仕事は人にしかできない仕事に限られるようになってきたからです。



 昭和から平和への変化は赤ちゃんの育ちの研究にも大きく変容を遂げました。人の赤ちゃんは生まれてすぐに一人で生きていくことができません。
力のない赤ちゃんを教育の力で、立派な大人に育てていくということが重要でした。しかし、赤ちゃん学の発展とともに、『人間は生まれながらにして
自分なりに課題を見つけて、チャレンジしていく能力をもっている』ということが分かってきました。
『自分なりに課題を見つけて挑戦していく能力』をうまく引き出す形の教育観が世界中で注目されているのです。



 この興味をもって課題に挑戦していくのに最も適した時期が幼児期で、”遊び”なのです。

 現在様々なメディアからたくさんの子育て、教育に関する情報が発信され、ご家庭でも、何が子どもにとってよいのか分からなくなることがあるかも
しれません。私の知っている幼稚園でも、子どもたちが一斉に逆立ちをして進んだりカードにあわせて漢字や俳句を読んだり、英語の挨拶をしたり
ドリルで計算をしたり、上げていくときりが無いほど『○○ができる』ということを売りにしている幼稚園があります。


 『○○ができる』ことは目に見えやすく、子どもがとても成長しているように思え、親としては成長していると思ってしまうのかも知れません。
しかし、実は幼児期に最も大切で育っておいて欲しいのは 『自己肯定感』や『主体性の育ち』『人との関係性』などなかなか見えにくいものばかりです。



 子育てをしているときに、頑固なまでに何かにこだわり、同じことを何度も繰り返す子どもを前に、途方にくれた経験を誰もが持っているのでは
ないでしょうか。
子どもの中には生まれながらに『自分でしたい』という要求が湧き上がり、自立につながる能力を獲得するための時期があると思います。
1歳半からの「自分でする!」や2歳前後をピークに現れる、いつもの場所、いつもの順序、いつもの習慣など、秩序に対する頑固なまでのこだわりは
大人にとっては反抗とも思える「困ったちゃん」も、実は成長のために必要なことなのです。



 大人が頭ごなしに「仲良くしなさい」「あいさつをしなさい」「ごめんなさいは」と教え込むと、一見そのとおりにするかもしれませんが実は本当に理解して
やっているわけではありません。大人の抑制でコントロールされていた子は、その抑えられている力が弱まると自分をコントロールする力が育っていないので
「まさか」という行動に出ることがあります。本当の意味で周りとの関係性を考え、自己コントロールする力が育っていくには、『ぶつかり合い』 『理解しあい』 
『自分たちで考えて解決してきた』経験が必要です。



 子どもたちは友だちと一緒に過ごしていく中で、物の取り合いや、思いの行き違いを必ず経験します。そして、とても嫌な思いや悲しい気持ちを味わいます。
でも、やっぱり友だちと楽しく遊びたいから、今度はどうしたらそんな思いをしないで済むか考えます。

大人がそんな『育ちのチャンス』を何もさせないで、「けんかはやめなさい!」 「ごめんなさいは?」と、思ってもいないのに「ごめんなさい」を無理矢理
言わせて解決しようとしてしまうことは『育ちのチャンス』を無駄にしていることと思います。




 夏に開催された東海北陸教育研究石川大会の、基調講演をされた精神科医の佐々木正美先生が『極端なことを言うと、親は無くとも子は育ちます。
でも友だちが無くては子どもは育ちません』と話されたことが印象深く残っています。確かに人間は社会的存在ですから、ひとりでは生きていけません。
 
 社会的な存在というのは、他の人とコミュニケーションをしながら生きていく力があるということです。

他の人とコミュニケーションする力を身に付けるには友だちと遊んで楽しいという経験をすることです。友だちと遊んで片方だけが楽しいというのではなく
両方が「ああ 楽しかった!また明日遊ぼうね。」と別れるときに思えることです。「ひとりでテレビを見ているより、友だちと遊ぶほうが楽しいな。」と
いう気持ちを味わいながら、いっしょに楽しみ、いっしょに喜び、いっしょに悲しむことでコミュニケーションをする力がしっかり育っていきます。


そのとき、親ができることは親子でいっしょに喜ぶ経験を積み重ねることだと思います。

友だちといっしょに遊ぶことが苦手なのは、喜びという気持ちを交換できていないためです。まず『親といっしょに遊び、いっしょに楽しむ』を重ねて
いくことが、友だちとも楽しさを交換するようになっていくと思います。




 子育てには順番があります。嬉しい気持ちをたくさん味わった子は、人の悲しい気持ちも分け合えるようになります。お兄ちゃんだからと大切にされた子は
妹や弟を大切にすることができ、ありがとうといわれた子が、ごめんなさいと言えるようになると思います。


 子育てで一番大切なことは、自分のことを好きな子どもに育てることだと思います。子どもの将来の幸せのために、子どもの現在を犠牲にするのではなく
子どもが『自分っていいな』と思いながら、毎日を生きていくことができるようにすることです。

大切なのは、『今幸せであること』だと思います。

 『生まれてきてよかった!』という気持ちが、今日の幸せが明日に続くように、親から子どもへ、そして次の時代に引き継がれていくことを願わずには
いられません。




   「自分に与えられた命への感謝がなければ、
           人の命を尊重する気持ちは生まれない。


    自分に与えられた命への感謝がある人には、
         次の世代の命を育む力がある。」

                            E・H・エリクソン

 

                                      2014・10・17   近藤 瑠美子