日中はまだまだ厳しい残暑ですが、朝夕の涼しさに秋の気配を感ずるようになりました。

大気不安定で日本列島に大きな被害をもたらした夏休みも終わり、背丈も伸び身体が一回り大きく逞しくなった子ども達が幼稚園に戻ってきました。
みなさまは今年の夏をどのように過ごされましたでしょうか。


 私の夏は本当に忙しい夏でした。言い換えると、今年ほど忙しい夏を経験したことがないといっても過言ではないと思います。
夏休み前には、忙しいからこそリフレッシュの時間を過ごそうと「一泊の旅に出ようか、本をゆっくり読もうか、美術館にいこうか・・・」と
いろいろな計画をしました。 しかし、残念なことに目新しい出会いも感動の時間を過ごすこともありませんでした。


忙しさの一つが昨年から準備をしてきた東海北陸教育研究石川大会が開催されたことでした。
当日は1708名の幼稚園関係者が音楽堂に集まりました。研修責任者としては会がスムーズに進行し、充実した研修が行われるようにと願いながら
緊張と多忙の時間を過ごしていたからです。


 もうひとつの忙しさは、免許更新講座を開催しました。以前は教員免許は終身免許でしたが、今は10年ごとの更新免許となっています。
そのため、石川県私立幼稚園協会が文部科学省の委託を受け、30時間の更新講座を開催しています。これまた、責任者として5日間講習会を開催し
受講者の試験を行いました。今年の受講者は75名と多く会場内は人で溢れていました。受講者は試験に合格することが義務付けられていますから
真剣そのもので緊張感がみなぎっていました。


 私は5日間の立会いをしながら、毎年、試験の時間は問題に挑戦してしますが、年々、記憶力、集中力の低下を感じます。
講座受講者の感想を聞くと、「自分たち中堅者が聞くのでなく園長が受講して変わらないと幼稚園が良くならない」との先生たちの本音を聞き
耳が痛くなりました。 役職とはいえ、せっかく学んだことを幼稚園の2学期の保育に生かしていこうと前向きな意欲が与えられました。



 そんなことで夏休み前半、後半は研修で大忙しでした。研修の合間に僅かな余暇時間を見つけましたが、家人が病気になり、
赤ん坊の世話をすることになってしまいました。
伝い歩きができるようになった孫は、自分で移動することが嬉しく、あちこちに伝い歩きをしています。
手当たり次第にさわった物を散乱させるので大迷惑ですが、楽しそうな孫の顔を見ていると、「やりたい放題やったら!」という気持ちになり
迷惑なことさえ忘れて見入ってしまっています。


孫の動きを見ていると好き勝手に動いているように見えても、『振りかえれば必ず自分を見守ってくれている人がいる』という安心感を持って
行動していることが分かります。要するに、自由に動いていろんなことを楽しみたいけど、見放されたら大変だと思っているようです。
それをじっと見守っている母親やそれに代わる人の存在が、常に赤ちゃんに大きな安心感を与えているようです。


 赤ちゃんを育てるとき、私たちは『無条件で赤ちゃんの喜ぶことをしてあげよう』と思います。赤ちゃんが泣いたときにはおっぱいを飲ませ
オムツを換え、お風呂に入れ、心いくまで抱っこをしてあげることができます。
赤ちゃんは自分を見てくれるという安心感が、人を信頼し、人間関係を
育てていく力となると思います。そして、親が子どもをあやし喜ばせることが、親自身も喜びと感ずる『喜びを分かち合う力を育てる』ということに
つながると思います。



 核家族が進んだことで家族をとりまく環境がかわり、大人も子どもも『人間関係』にストレスをかかえ、社会の中で人と交わりつつ生きていくことが
難しい、という人が増えているように思います。社会のなかで人と交わる力というのは、集団に入ってからと思われがちですが、赤ん坊を見ていると
乳児のときから育っていることが分かります。


私たちは子どもの成長をみて、ハイハイをした。立った。歩いた。言葉をしゃべった。と目に見える成長に喜びを感じますが、それと同時に
赤ちゃんの心も育っていることを忘れてはならないと思います。
なぜなら、この時期に育つさまざまな心身の力が、大きくなってからの生活の基礎になっていくからです。



 私も自分の子育て時代を思い出すと、あれこれ忙しく赤ちゃんが泣くと煩わしい気持ちになったこともありましたが、いま、孫を見ていると
喜ぶことをしてあげることが一番いいように思えます。そう思っていると面倒に思う気持ちよりも楽しい気持ちのほうが強くなって、子どもが泣いても
あれこれ要求しても、ほとんどイライラすることがなくなっています。孫にいないいないばあをしたり、くすぐったり、高い高いをしたりすると
キャッキャッと声を上げて喜び、私もその声を聞き心から楽しい気持ちになります。
子どもはこうした喜びを知ることで、人と交わることの喜びを知っていくのだと感じます。



孫と遊びながら、ついついプロ意識が出てきて実験台にしていろいろなことをやってみています。

孫がニコニコ顔で寄ってきたので、無表情で抱っこをしたり、あやしたりしたのですが、孫は私の表情を見て警戒の表情を返してきました。
もう一度ニコニコ顔で同じことを繰り返すと前のようにキャッキャッと声をあげて喜びました。孫の思いを受け止め、私も同じように笑顔を返すことが
『一緒に喜び、それが楽しい』という気持ちになり、他の人のことを考え、相手を思いやる気持ちにつながることが分かります。


孫との遊びの中でもう一つ実践していることがあります。子どもが物を持っているときに私たちは「ちょうだい」といってもらうことがありますが、
私は孫が物を差し出したときに『どうぞ』とこちらから言葉を添えてあげるようにしています。
そして、受け取ったときに『ありがとう』という言葉を返しています。


 友だちとのやり取りの中で 『どうぞ』の言葉を添えることができるようになってほしいと願って、何回も何回も繰り返し『どうぞ』と伝えているうちに
私も『ありがとう』をくりかえしています。





学生時代の恩師に紹介してもらった絵本に『ありがとう どういたしまして』(ルイス・スロボトキン著)があります。

ある子どもが「ありがとう」という言葉を覚えて使っているうちに、その言葉に対していつも相手から「どういたしまして」と
返事が返ってくるのに気づき、子ども自身も今度は「どういたしまして」を使ってみたいと思うようになる。
母親に尋ねると、「あなたが他の人に親切をすると、みんながありがとうというでしょう。そのときにどういたしましてといえばいいの。」と
教えられる。そこで子どもは一生懸命に人に親切をするというストーリーだったと思います。
幼児期に感謝の心がはぐくまれ、与える喜びを感ずる心に残るお話です。

 『どうぞ』 『ありがとう』 『どういたしまして』 何気ない言葉のやり取りで、相手を思う感謝の言葉が増えると人との関係も温かくなることを
今さらながら実感します。


 幼稚園時代に友だちと仲良くするためにはどうしたらよいかを考えていますが、もう一つは、人間関係を作るためには、対立したり、傷ついたり
傷つけられたり、けんかもする中で仲良くなることを学んできます。失敗を恐れず、人に踏まれても伸びていく雑草のように耐え、これを回復していく力を
もった子どもに育って欲しいと願っています。


神様はあふれる愛を私たちに注いでくださる方ですが、厳しい方でもあります。

『なぜわたしに・・・・』と、思えるような試練や苦しみも与えられます。

けれど、
信頼しているからこそ、自分が成長できることを信じ、試練や苦しみを感謝して受け入れることができるのです。
(時間はかかりますが・・・・)


子どもたちも神さまに愛されていることを心から喜び、周りの人と喜ぶことができるようにと、祈りながら子どもと共に歩みたいと思います。

            
                                                                          2014・9・16  近藤瑠美子