早いもので11月も半ばとなり、町は気忙しい年末商戦がはじまり、なんだか心がザワザワするようになりました。

今、幼稚園は大きなうねりの中に巻き込まれています。
それは、来年度から子ども子育て新制度がスタートするからです。
幼稚園が新制度への枠に入る幼稚園か、子ども園か従来どうりの幼稚園でい続けられるか『踏み絵』を迫られています。



大都市では待機児童、保育環境の悪化が大きな社会問題になる一方、少子化の流れの中で地方の私立幼稚園は
廃園や統合の危機が迫っています。
英語、漢字、体操等々早期教育を売りにするか、完全給食や預かり保育、保育サービス重視でいくか
私立幼稚園を存続させるためにいろいろな保護者の要望を重視した運営をしようとしています。


また、新制度の一方で幼稚園の保育料の無償化、学校の6・3・3・4制の枠組みや就学年齢の引き下げ等が議論されています。

私は幼稚園が学校教育の補助機関でなく、保育園としての保育サービスの補完機関でもなく
人生の礎を築く幼児の教育とはなにか、真剣に考えて行きたいと思います。

そして、幼稚園が果たす役割、必要性を声高らかに語っていかなければという、強い思いにかられています。




私の気忙しいさのもう一つは、来年8月に県立音楽堂で開催される東海北陸教育研究石川大会が一歩一歩近づいているからです。
私は石川県私立幼稚園協会の研修委員長をして丸8年を迎え、石川大会は私の集大成であると思っているからです。
当日は 東海北陸地区から2千人の保育者が集まりますから、やることが山済みで気持ちは焦るばかりです。


しかし、一番大事なことは研修内容で、時代の大きな流れの中でも「、子どもにとって」という視点をしっかり踏まえた大会にしたいと思います。
そこで、例年の大会とは違ったイメージで考えることができるように、大会テーマを 『だから幼稚園』。
副題として、“〜遊びは学び〜”としました。





子どもにとって遊びは学びであると、現場の保育者なら誰でも分かっているはずなのに、多くの幼稚園が文字をかけるようになる
ピアノが弾けるようになる、英語の歌を歌うようになるなど、目に見える成果があれば、子どもが成長していると
安心(または勘違い)しているのではないかと疑いたくなります。



以前、テレビで話題になったY式の幼児教育が日本のあちこちに広まりました。
園児が一斉に逆立ちをして、そのまま数メートル歩いたり、一人一人が川に投げ込まれる映像で
園長先生が「子どもは挑戦することが好きだから」と話していたのを忘れることができません。


確かに挑戦することを好む時があり、やらせてみればできるから、早期知能教育にふと心が奪われそうになるのも
成果が見えることで成長していると思ってしまうからではないでしょうか。




日々の小さな出来事や経験が、子どもの中に蓄積されて育っていき、日常生活の中で人や物との豊かな関わりの中で培われています。

『やってみたい、頑張ってみたい』という心や『自分は大切な存在だ』と思う気持ちや
『これはどうなっているんだろう、調べてみたい。』と思う気持ち等がちゃんと育てば、その上に様々な能力が乗っかることができます。


幼児期に一番大事なのは『自己肯定感』や『主体性』など、心の成長なのです。
心の成長はなかなか目に見えなかったり、見えにくかったりするものですが、生活の中で何かを乗り越えなければならないことが
起こったときや自分で考えて行動しないといけなくなったときに力を発揮するものです。




『生活を生活で生活に』

これは、日本の幼児教育の父、倉橋想三先生の言葉です。

子ども自らが生活に必要な経験を、日常生活の中で体験し、その日常生活の中に生かしていくという意味だと思います。

私は遊びの中で学び、生活の中に生かしていけるような幼稚園生活を、子どもたち一人一人がゆったりと
おくることができる様にと願っています。
そのためには、子ども達が自己発揮できるように環境の見直しを行い、日々再構成していく必要があると思っています。



今年は砂場を重点的に考えてきました。
以前から川砂がいいのか、海砂がいいのかとためしてみたり、土のほうが遊びに適しているのではと
砂に土を混ぜたりしながら、子どもの遊ぶ姿を観察してきました。
そして、砂場の大きさ、砂の種類、砂のおき方、砂場の傾斜、水まわりなどを総合的に見直してみました。



例年、年長組の子ども達が、竹馬の練習を始める頃になると、急に砂場で穴掘りをする子の姿が増えてきます。
今年も年長組の子ども達が新しい砂場で穴掘りをしています。
しかし、よく見ると穴掘りに没頭しているというより、何か時間つぶしをしているような感じで砂を掘っています。


近くには竹馬で歩いている子どもや、何とか一歩足を出した子どもの姿が見られます。
穴掘りの子ども達はその様子を目にしながら、砂場にいるのです。
竹馬に乗りたくて、挑戦してみましたが、思うように立つことも一歩足を踏み出すこともできませんでした。
うまくいかない自分に出会い、あきらめて竹馬を片付けるのですが、友達の姿を見ながら羨ましさ、悔しさ
うまくいかなさを処理するために、砂を相手に自分の気持ちをコントロールしている姿なのです。





『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』という有名な本があります。

以前、ブームになって流行語も生まれましたから、読まれた方も多いと思います。
著者の牧師ロバート・フルガムは若い頃から自分の生活信条を文章に記していました。

何でもみんなで分け合うこと。

ずるをしないこと。

人をぶたないこと。

使ったものを必ずもとの場所に戻すこと。

ちらかしたら自分で後片付けをすること。

人のものに手を出さないこと。

誰かを傷つけたらごめんなさい、ということ。



人間がどのように生きるか、どのようにふるまい、どんな気持ちで日々を送ればいいか、本当に知っていなければならないことを
ロバート・フルガムは全部残らず幼稚園の砂場で教わったと書いています。


読んでみると、常識的なものばかりです。当たり前のことですがやらない人が増えてきています。
だから、気が付いたときに自分が実践することが大切だと思います。
それが人間関係をスムーズに進める基本中の基本かもしれません。



最近文字や難しい言葉を先に覚え、実際に心の通った言葉の使い方が分からず、人とコミュケーションが上手く取れなかったり
知識だけを多く持ち実際の内容を知らないままで、何かが起こったとき、乗り越えることができずパニックになる子が増えてきたように思います。
難しいことや生活とかけ離れたことができるようになるよりもなにげない日々の生活の中で豊かに関わることができる子育てをしていきたいと思います。




「あらゆる組織は99.9%、トップで決まる」と書いたものを目にしました。

トップの考え方や価値観が、その組織に大きな影響を与えるという意味だと思います。
反対に見れば、トップの考え方や志向性をみれば、その組織のほとんどが判ることになることになります。
永く園長を続けている私には、耳の痛い言葉です。



最近、つくづく思うのは、人生を決定する要素は、その人の能力や才能などではなくその人の“性格”が多くを占めるのではないかと思います。
能力や才能はあるに越したことはありませんが、決定的要素ではないように思うからです。
「努力を惜しまない性格、多少の困難にもあきらめない性格、細かいことに気が付ける性格」
このあたりが豊かに人生を送るに相応しいと思います。


子どもに「豊かな人生」を歩ませたかったら、親自身が「人」と「心」を大切にすることを、見せ続けることではないかと思います。






                                 物思う秋に  2013・11・15                  近藤瑠美子









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