政治経済がめまぐるしい変化をみせている昨今ですが、幼児教育界もご多分にもれず

激動下にあり将来に不安を覚える状況にあります。

少子化対策、子育て支援の立場から幼稚園と保育所、双方が一体化した認定こども園制度への転換が始動しています。



しかし、国の子ども子育て新システムの話し合いは、子どもの育ちや幼児教育・保育の質向上についての議論を

充分にすることなく、子ども・子育てに関する法案が可決し始動していることに、危惧しているのは私ばかりではないと思います。



『三つ子の魂百まで』というフレーズはいろいろな場面で引用され、幼児教育は大切であるということは

世間一般には広く知られていることと思います。


 以前は「幼稚園の先生って、いいねぇ、子どもと遊んで歌ったり、お遊戯をしたり楽しそうやし。」といわれ

「分かっていない!」と思ったことが多々ありました。

さすがに、今、そのように言われることはありませんが、それでは、親は幼児教育の重要性を

本当に認識していると思うかと問われると、しっかり考えている方にお叱りを受けるかもしれませんが

そうではない人が年々増えているように感ずると答えます。




 親たちの子育てに求めるものが変わったその背景に、私たち保育者が子どもの育ちを

しっかり語ってこなかったのではないかと思われて仕方ありません。

幼稚園に子どもを預けようとしているお母さんたちに、私たちが環境を通して子どもの育ちにどうかかわり

見えない子どもの育ちを見ているかを語る努力が足りなかったと感じます。




こんな時代だからこそ、今、私は伝える努力をしなければ、次の時代を生きる子どもたちの幸せを

保障できないと焦る思いになっています。


そんな悶々とする思いを、少しでも解消することができたらと

先日、全日本私立幼稚園連合会設置者・園長全国研修大会に参加しました。


開催地は千葉県の浦安市でしたが、そこはなんとディズニーランドが見渡せるホテルでしたから

リゾート気分も相まって重い気分が少し解消されたようでした。


余談になりますが、ディズニーランドのホテルの全てが平日でも90%の稼働率だそうで

休日でもないのに家族づれで賑わっていました。

開会式の式辞の中で浦安市長が「浦安市はお陰さまで “うらやま市”と言われる・・・.」と挨拶されたのが印象的で

少子化に悩む幼稚園関係者としてはなんともうらやましいお話でした。




大会が始まると、私の浮ついた思いが吹き飛ぶくらい、500人の園長達の緊張感が会場内にあふれました。

次々と、不安感をあおる話が続き、部屋に戻ったときには、ぐったりしてしまい

せっかくのティズニーランドの夜景も楽しむことができませんでした。


研究講座は振興・経営・教育・認定子ども園の4つでしたが、私が参加した講座はもちろん“教育”です。



OECD(経済協力機構)は「国が目指す新しいシステムは、子どもの育ちや幼児教育・保育の質の向上について

充分な議論を重ねないまま法律ができあがっていることを取り上げ

『幼児期に良質な幼児教育を受けることができたか否かが

 成人した後の年収や犯罪歴等に明らかな違いがデーターとして現われてくる』といっていることの根拠を知ることで

改めて、私たちが語らなければいけない『良質な幼児教育』について考えることができました。





最近、読んだ本の中にこんなことが書いてありました

  「人生を決定する要素は、その人の能力や才能ではなく、その人の“性格”が多くを占めるのではないか。

   能力や才能は、あるに越したことはないが、どうも決定的要素ではないように思える。

   それでは、どんな性格が豊かな人生を送るに相応しいかと言えば、努力を惜しまない性格

   多少の困難にも諦めない性格、細かいことに気づける性格あたりが有力候補でないだろうか。」



 この文章を読みながら、才能や能力のある人に憧れ、羨望感を持ち続けた私には共感を覚えるものでした。

その”好ましい“ 性格を身につけるためには『家庭でしかできないこと』『家庭ではできないこと』があるように思います。


 家庭で子どもに対して最も影響力を持つのは、間違いなく両親です。

昔から『子どもは親の鏡』といわれるように、私たちは子どもの姿に「親子そっくり」と思うことがあります。

外見上もさることながら、言動や性格が似ていると思うことに出会うのです。



 そして、よく言われるように、『子どもは育てたとおりに大きくなる』 

   『子どもは親がいうとおりにしないで、親がしたとおりにする』ということに気づきます。

   だから、
子どもの言動を注意するときには、親自身が日ごろの行いや、発言内容を反省するところから

   はじめるべきかも知れないと思います。




 でも「どうせカエルの子はカエルだから」と安易に決めつけたり、あきらめることではないと思います。

カエルはほっておいても時間がたてば親と同じ形になります。

人間の子どもは『教育』をしないと大人の人間にはなれません。

そのうえ、カエルは何世代もカエルのままですが、人間は親を乗り越えて成長していく存在です。


少子化が進んで、慌てた行政が次のようなことを考えました。

 「子どもは欲しいが、子育ては手間とお金がかかるから生みたくない。」という女性のために、

 「産んでさえくれればあとは行政が面倒を見ます。」

 「仕事をしたいので子どもを生みたくない。」という女性のために、

 「安心して仕事をしてください。残業OKです。子どもが病気でも預かります。」

 「自分の時間や楽しい時間がなくなるから生みたくない。」という女性のために

 「子どもを預けたまま、買い物でもお稽古でも行ってください。」

 わが国の少子化対策は税金をかけて、保育所の充実をしたのです。




 しかし、サービスが充実すればするほど、親が親として育っていかないために、いろいろな問題がおきる結果となりました。

確かに子育てに悩んでいる、また苦労している人たちの支援は必要だと思います。

しかし、それは親の手抜きや「子育て外注」を助長するものではなく

親としての自覚や責任を促すようなものでなければならないと思います。

いつの世も、子育ての悩みや苦労は変わらないと思います。

子どもを持ったから『親に』なるわけではなく、子どもを育てながら、手間ひまをかけ、泣いたり、笑ったりしながら

だんだんと親になっていくものだと私は思います。



『家庭でできないことをするのが幼稚園であり、学校です』

幼稚園は家庭ではできない役割をもっているのです。

その子の長所や良いところを発見し、ゆっくり丁寧に見守りながら育てていくところだと思います。

親はわが子のことを一番分かっているように思いますが、子どもにも親にも見えていない一面

あるいは、子どもが親には見せない一面があるからです。


「この子には、こんな面があったんだ。」

「葛藤していたあの子が自分の力で立ち上がった。

「あの子は自信をつけて、今輝いている。」

そんな、子ども達の育ちを保護者とともに語り合いたいと思います。


 子どもたち一人一人が「わたしは大事な人間なんだなあ」 「自分はかけがえのない存在だ」と

いつも感ずることができるように、行き届いた愛の中で育つことができるようと祈りながら

子どもたちとともに歩みたいと思います。



                                       2012・10        近藤 瑠美子