5月はプレーテーがあり、お家の人と400年の森に行ったり、幼稚園で遊んだりと

それぞれのクラスで子ども達と触れ合う楽しい機会となりました。


プレーデーではみんなで遊んだ後、馬場幼稚園恒例の子ども達からのプレゼントがありました。


今年のプレゼントは、お家の人の似顔絵やお父さんのネクタイでしたが、どれも子ども達が楽しんで描いた力作でした。


当日は「おとうさんありがとう」の言葉をそえて子ども達からプレゼントを手渡ししましたが

絵を手にするお父さんやお母さんはとても嬉しそうでした。

しかし、中には面白い親子の姿もありました。

ばら組では「この絵の色はなんだよ〜。」「髪の毛が少ないぞ!」と子どもに話しかけ

ちらりと隣の子どもの絵を見て、少々不服そうなお父さんを見つけました。

私はあわてて「○○ちゃんは面白いお父さんを書いたんですよ」とフォローの言葉をかけました。

すみれ組では、わが子の絵を手にしたお父さんは「ニヤニヤ」しているのは印象的でした。

『ピカソ』顔負けの色使いで描かれた似顔絵を良いのか悪いのか評価することが出来ず(失礼!)

ただ笑って通過するしかなかったのかもしれませんね。

そばで園長はカメラのシャッターチャンスを狙いながら『ニヤリ!』としながら見ていました。

ゆり組ではデカルコマニーでお父さんのために、子ども達が特性のネクタイをつくりました。

会社にいくお父さんが日ごろ締めているネクタイとはだいぶ色合いが違いちょっと気はずかしそうでしたが

「ありがとう。いいね!」と子どもが作ったネクタイを嬉しそうに締めるお父さん達に年長組の父兄としての余裕さえ感じました。

ネクタイをかけたお父さんに並んでいただき記念撮影をしましたが、みんな若々しくほこらしげな表情に見えました。


プレーデーは都合が悪く参加できなかったOちゃんのお父さんが、幼稚園に竹馬を作りに来てくれましたが

その日はOちゃんの特性ネクタイを締めておられ、「すてきなお父さん。感動!」と先生達は心が温かくなりました。

集団の中で子どもを見るということは、ついついわが子を他の子と比較をして評価しがちです。

誰かと何かをしていれば、一安心!という表情になり、一人遊びをしていたり、喧嘩をしたりすると

「いじめられているのではないか」「仲間はずれでは」と不安になるようです。


園長たちが集まると、今どきの父兄の対応について話題になります。

子どもの喧嘩に対して親の理解が得られず、それどころか親同士がトラブルようになることが珍しいことではなく

今はちょっとしたことでもトラブルとなるため幼稚園では苦労が多いということです。

私たちの保育の中でもよく見られる場面にこんなことがあります。

「先生!BちゃんがAちゃんを噛んだ」と言うことで駆けつけてみると

泣いているAちゃんと怒られるとつっぱっているBちゃんがそこにいました。

保育者はこんな場面でトラブルには双方の思いがあることを受け止め、ゆったりと子どもに向き合うことが大切と学んでいますが

経験が浅いときには子どもの気持ちに寄り添うことができず、早く解決しようと思って

「Bちゃん、どうして噛んだの? お話して!黙っていたら分らないわ」

「もしも、自分が噛まれたらどんな気持ちがする?」

「噛むことは良いことかな、悪いことかな?」と問い詰めてしまう場面を目にすることがあります。

子育て時代の私といえば問い詰めることで終わるどころか、

「悪いことがわかっているなら、どうしてやったの?」
「そんなことが分らないのは、うちの子ではない」というような展開で無理やり子どもを謝らせて

一件落着したような解決をしていたように思い、今更ながら不出来な親だったと反省しきりです。


今、私たち保育者は何とかAちゃんの痛みを分ってもらいたいからといって、このようなやり方ではBちゃんの心を開くことにはならないと思っています。

そのままでは、Bちゃんは 「しまった。又叱られる」

 「どうせ、言ってもわかってもらえない」というような諦めに似た気分になってしまうことを知っていますから、

  無理やりBちゃんを謝らせるようなやり方ではなくAちゃんとBちゃんの二人を抱いて
 「痛かったね。Aちゃん」
 「Bちゃん!すごく、怒っているけどどうしたの?」と二人をしっかり受け止めることから始めたいと思っています。


私たち大人が噛まれる子が被害者で、噛んだ子が加害者、先生は裁判官というような考え方で子ども達を育ててしまったら

子どもは人を愛し、信じ許しあうことより、何を言っても聞き入れてもらえない無気力感に包まれてしまうのではないかと思います。


よくよく考えると『子どもは親を選ぶことができない』し、初めての子育てをする親は『子育ての全くの素人』なのですから

いろいろな問題や不安が起きてくるのは当たり前のようにも感じます。

競争社会の現代はいろいろなものが比較され、子ども達も幼いうちから早い遅い、出来る出来ない

持っている持っていないというような価値観で
評価されてされることが多いように思います。

子どもが家庭やその周囲の社会に所属感をもち、かけがえのない存在とし愛され、受け入れられているという確信がなければ

子ども達は他の人を愛し、受け入れるようには育っていけないのではないかと思います。

言い換えれば、家族の一員である喜びを持っているならば、外での他の子ども達からのどんな悪い誘いかけにも勝つことができるし

意地悪やあざけりにも耐えることが出来ると思います。

受けるより与える方が幸せであること、他の人と共に生きる喜びを分かち合うこと、いつも自分のことだけを考えないで

他の人のことも考えられること
助け合って生きる社会と世界をつくるなど

人間同士の美しい関係を作り出していくことの意味を教えることが大切であると思います。


そして、大人として、子ども達に『ナンバーワン』を求めるのではなく

かけがえのない『オンリーワン』であることを幼い日にしっかり伝えていきたいと思います。

幼稚園が皆様にとっても居心地の良い所であり、共に育つ場であり、光溢れる場でありたいと願っています。

近藤瑠美子


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