東日本を襲った大地震は『地震、津波、放射能汚染、風評被害』四重苦ともいえる大災害をもたらしました。
被災された方々、復旧活動に携わっている方々、ボランティア、外国からの様々な援助など、心温まるニュースに
厳しさや絶望や悲しみの中から、かすかな希望の光が見えてきたと思った矢先、今回の台風12号で
再び、かけがえのない命が失われ、未曾有の被害となりました。

私たちが当たり前のように使っている電気が消え、ライフラインが途絶えたときに、人間の作り出したものの弱さ
むなしさが露呈されたようでした。
今なお暗闇の中で灯りを見出せない人々、生きる希望を失われた方々が大勢おられることに心が痛みます。
とりわけ、暗闇におびえている小さな子どもたちが、一刻も早く、光の中で生きる希望を見出せるようにと祈らずにはおれません。





 東日本の災害、台風12号の災害は、今を生きる私たちすべてに様々な影響を与え、問いを投げかけています。
未曾有な災害に見舞われた今、「絆」「つながり」が目に見える形で広がっています。
豊かな時代の中で、望むものは何でも手に入れることができるために、他からしてもらうことがあたりまえになり
不平不満が多くなってしまいました。
大災害は私たちにささやかなことに喜び、感謝する心を忘れてしまっていたことを気付かせるとき時となりました。



特に人生初の大惨事を体験した青年たちに大きな影響を与えたように思います。

先日、被災地にボランティアに行った高校生が次のように語っていました。

『私たちのできることは本当にささやかなことでしかない、しかし、微力ではあるが、まったく無力ではないと思い
  被災地で住居の片付けに取り組み、被災者の苦しみをみて、自分たちが生きている意味を考え
  この出来事を生涯の課題にしようと決心した』とのことでした。

 ささやかでも自分ができることに取り組みたいという青年たちは、ともすれば、「自己中」「草食系」といわれていた人たちです。
時代の緊迫性、緊張感が若者の生きる姿勢をも変えたのでしょうか?



この時代に生きる私たち全てがささやかであっても、何かしらできることに粘り強く取り組んでいかなければならないと思います。

私たちは人は人との関係の中で生まれてきました。ところが、今は人が人と関わりにくくなりつつあり、このような社会の中で
子育てをする大人同士はどのような関係を築いていけばよいのかと考え込んでしまいます。





 「最近の子どもはけんかの仕方を知らない」と聞くことがあります。
確かに少子化によって兄弟が減り、兄弟げんかをする機会を失いつつあります。
最近の、子どもたちは物の取り合いや自己主張をし合いながら、葛藤し、自己コントロールするという経験を
しなくてもすむような生活をしているように思います。
大人たちも『人に迷惑をかけないように』『人に迷惑をかけたくないから』となるべく周りの人たちと関わらず
自分の家族だけで子育てをしている人たちが増えているため、子ども同士のいざこざを巡る保護者同士のトラブルが頻発しているように思います。




先日、卒園生のお母さんから電話がありました。

子どもが学校の帰りに上級生の何人かに囲まれパンチをされ鼻血を出して帰宅したので、
相手の子どもの母親に注意をしたところ「うちの子がなんでわるいの?」と聞く耳を持たない反応だったので
担任の先生に連絡したら「お宅の子も悪いのではないか」と言われ怒りが爆発していて
「教育委員会に言おうと思う」という相談でした。


最近よく耳にする、保護者同士のトラブルのほとんどが、直接、お互いに言いたいことを言い合うものではなく
担任、園長、校長、教育委員会に「なんとかしてほしい」「こういうことを相手に伝えてほしい」などと
相手に間接的に苦情を伝えようとしたり、愚痴をこぼすだけで、相方で話し合ったり、言い分の違いを調整するために
葛藤し合って問題を解決しようとすることがなくなっています。


最近の子どもたちが問題を解決する力が育っていないと嘆く前に、実は私たち大人がかけてると反省すべきかもしれません。


子どもの幸せはありのままの自分が受け入れられ、安心して遊ぶことができることであると思います。
遊びに夢中になっている子どもたちに接すると、とても楽しい思いを抱いていることが伝わってきます。
しかし、遊びは楽しいことばかりではありません。
友だちと遊ぶことは一人遊びでは経験することのできない格別な楽しさがある半面、自分の思いを主張し合うことに
よるぶつかりあいを避けてとおることができないからです。



大人はできるだけぶつかり合いは避けようとしますが、子どもたちはぶつかり合いの中で、嫌な思いを経験
、その一方で人の思いを知り、人と関わる力を学んでいきます。
大人はついつい、子どものたりないことにばかりに目を向けてしまいがちですが、与えられていることに喜びを見出すことにより
こころが豊かになり、次に新しい力を得ることができるのではないかと思います。



実りの秋を迎え、子どもの見ているものを一緒に見てみると、たくさんの実りを見つけることができるかもしれませんね。




                                                          2011年9月  近藤瑠美子



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