2009年がスタートしてはや1か月が過ぎ、2月となりました。

100年に1度というアメリカの金融危機が発端で世界的な景気後退が起こり、日本も雇用情勢の悪化が加速し
内定取り消しやリストラという暗いトンネルが続いて不安な思いです。


 そんな中で一瞬、不況を吹き飛ばすような猛威をふるったのがインフルエンザの流行でした。
近くの幼稚園や小学校で流行っていると聞いていましたが、前日の金曜日には全く流行っていなかったのに
土曜日に一度に発症したようです。
そのため、私の30年余の保育者生活でも経験のない、2日間の学級閉鎖となりました。



早い対応をしたので二次感染を未然に防ぐことができ、今はみんな元気に登園しています。

 インフルエンザ欠席者と学級閉鎖でお休みの人数を保健所に届けましたら、テレビニュースとなり
「大丈夫ですか?」「馬場幼稚園大変だって〜。」とどこに行っても声をかけられました。
私の携帯には「テレビで見ましたよ。お大事に」「早く良くなりますようにお祈りしています」とメールを頂きました。
ひょんなことから一躍有名になり、改めて報道の威力(?)を知ることになりました。




二月三日は節分、四日は立春、暦の上では春の始まりだそうですが、寒さはまだまだ続きそうです。

ゆり組では小学校からの連絡が多くなり、子どもも先生たちも「カウントダウン」が始まった幼稚園生活を思いっきり満喫したいと思っています。

ばら、すみれ組の子どもたちは緊張しながらも進級を心待ちしています。

たんぽぽ組には来春入園予定の子どものたちが慣らしで遊びに来ています。新入園児と一緒に少しずつ遊ぶことが出来るようになりました。




幼稚園の三学期は「一月行く、二月逃げる、三月去る」と言われるように駆け足で過ぎているように感じますが
子どもをみているとこの一年の成長を感じます。


保育者生活で私が学んだことは、「子どもたちは自分をわかろうとする大人を待っている。
自分の行動を認め理解してほしいと求めている。」ということです。


入園して子どもたちは家庭から少しづつ離れ、集団のなかで自分の居場所を見つけ、自分のことを責任もって行うことや
家庭ではできないお友達との生活のなかで自分の「良さ」を光らせ、響きあう関係から「憧れる」関係が生まれ
そこから「育ちあう」関係へと広がりを見せながら成長していきます。


私は幼稚園参観に来られるお母さんと話をする機会がありますが、幼稚園の説明をした後に

「お子様をどんな子どもに育てたいのですか?」と質問することにしています。

みんな親としていろんな希望や期待があると思うからです。

時には
「勉強、スポーツ、おけいこごと、おもいやりの順位をつけるとしたら、どういう順番に優先順位を付けますか」と聞くこともあります。

さすがに、勉強ができて、スポーツができて、おけいこができて、そのうえ思いやりのある子になってほしいと言うことはありませんが、

少数の方は
「勉強ができる子になってほしい」
「スポーツが得意な子どもになってほしい」
「なにか一つ好きなおけいこができる子になってほしい」と話され、


大抵のお母さんは

「思いやりのある子になってほしい」

「優しい子になってほしい」

「親切な子になってほしい」と言われます。



そこで私はもう少し突っ込んで

「親としてあなたはどんな心づもりで、どんな風にして思いやりを育てたらいいと思いますか?」と問いかけると
「わからない」という返事が返ってきます。




本来「思いやりのある人」になりたいと誰もが願っていると思います。
しかし、子どもの心に思いやりの心がほっておいても育つわけではないのですから、「子育てをするとき「思いやり」の気持ちが
子どもたちにどのように育つか考えなければならないと思います。


「親切な子どもに育ってほしい」と思うなら、親切な人をたくさん見て育たなければならないと思います。
そうしなければ子どもの心の中に親切というものが育たないのです。


「思いやりのある子に育ってほしい」なら思いやりのある姿をたくさん見て育たなければ、子どもの心に育たないと思います。
しかし、普段から親が「思いやりを育てる」ことより「自分が!」「わが子が!」という自分の思いにとらわれてしまうことが多く
「思いやりの心」を育てる親の責任がないがしろにされていることが多くあるように感じます。


今日、面倒なことはなんでもお金ですませてしまおうとする習慣が身についてしまったものですから、
思いやりのような、親が自分の家庭でやらなければならない人間らしい面が、子どもの心に育てられなくなってしまいました。
お金で買う便利さに慣れてしまって、多くの人は便利にならない子育てにいらだっているのが現状だと思います。


子どもの勉強、スポーツ、おけいこなどといった知識や技術、あるいは技術的ものは
お金さえだせば教えてくれるところがいくらでもあります。
学習塾、バレ
ー、ピアノ、バイオリン、水泳、英語、サッカークラブ、空手などあげればきりがないほど教室がありますが
「思いやり」というような人間らしい感情だけはだれも、どこでも育ててくれないものです。

子どもは親の言うことをなかなか聞きませんが、親のしていることはよく学びますし、よく真似ると思います。
だから、みなさんもできるだけ口でやる教育を
さけて、心やしぐさ、物腰、行動で教えてみてはいかがでしょうか。
子どもとの距離が縮まり、子どもの心の内にある思いを感ずることが出来るかもしれません。



私も自分を振り返って思いますが、自分でできない分だけ口うるさくなっていたように反省しています。
今はしてほしいと願うことは自分自らが行うことが大切であると思い努力を続けています。



聖書にこういう言葉があります。
  「 喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。 」    ローマの信徒への手紙12.15


現実には、私たち人間は喜んでいる人に嫉妬を感じ、悲しんでいる人を避けてしまうことがあります。
しかし、私たちは相手の思いに近づくことができるのです。それが思いやりであり、共感なのです。


誰かの喜びや悲しみをみんなが一緒になって喜んだり、悲しんだりできるお友達がいることを知り
その幸せを神様に感謝し、卒園、進級までの時をゆっくり過ごしたいと思います。

            2009年2月    近藤瑠美子





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